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東京地方裁判所八王子支部 昭和62年(ワ)1393号 判決 1990年7月30日

主文

一  被告と訴外亡崔三次とが別紙物件目録記載の土地、建物について昭和六一年二月一日締結した贈与契約を取消す。

二  被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地及び同目録(二)記載の建物についての東京法務局立川出張所昭和六一年四月一八日受付第一二五六〇号所有権移転登記、同目録(三)記載の土地及び同目録(四)記載の建物についての同出張所同日受付第一二五六一号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求として主文第二、三項同旨

2  予備的請求として主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、前田淳こと訴外亡崔三次(以下「崔」という。)が代表者である株式会社三協(以下「三協」という。)に対し、(1)昭和五六年八月二二日五〇〇万円を、(2)昭和五七年二月二五日九〇〇万円を、(3)同年六月一七日一、〇〇〇万円をそれぞれ貸渡し、崔は、右各貸付日に、原告に対し、三協の原告に対する右借入金債務につき連帯保証した。

2  原告は、三協に対し、崔の連帯保証の下に、(1)昭和五六年一月一七日八二万二、〇〇〇円、(2)同年三月二六日二〇〇万円、(3)同年四月二三日二三六万円、(4)同年七月一〇日二〇〇万円、(5)同年九月七日二三〇万円、(6)同年一二月九日一〇〇万円の合計一、〇四八万二、〇〇〇円を貸渡した。

次いで、昭和五七年二月二五日、原告は、三協との間で、右貸付金債務残額一、〇〇〇万円を目的として準消費貸借契約を締結し、崔は、原告に対し、右契約上の三協の債務を連帯保証した。

3  原告は、(1)昭和五二年七月六日八四三万六、二五三円、(2)昭和五三年二月九日一〇万二、五三二円、(3)同年三月九日二四万〇、七二六円、(4)同年六月九日四四万九、〇〇九円、(5)昭和五四年一一月一四日三〇万二、一二〇円、(6)同年一二月一九日二九万五、〇六四円、(7)昭和五五年一月一八日二九万五、〇六四円、(8)同年三月二四日二九万三、九九六円、(9)同年五月九日二九万八、一五九円、(10)同年七月一〇日三〇万一、〇五〇円、(11)同年一〇月三一日三〇万九、一五〇円、(12)同年一二月三一日二三万九、〇二九円、(13)同年一二月二一日二三万六、七五〇円と一三回にわたり、崔の米国在住の被告に対する送金合計一、一八九万八、九〇二円の立替払をなし、崔に対し、同額の立替金債権を有している。

4  原告は、三協に対し、(1)昭和五八年五月一六日一〇〇万円、(2)同年六月三〇日三〇万円、(3)同年八月一七日二五〇万円、(4)同年一〇月三日二〇〇万円、(5)同年一一月九日一〇〇万円、(6)昭和五九年二月四日一〇〇万円と六回にわたり、合計七八〇万円を貸渡し、崔は、原告に対し、三協の右債務を連帯保証した。

5  高橋満子(以下「高橋」という。)は、崔に対し、原告の連帯保証の下に、昭和五九年六月三〇〇万円、同年一二月二〇〇万円、昭和六〇年二月頃三〇〇万円の合計八〇〇万円を、平野てるい(以下「平野」という。)は、崔に対し、原告の連帯保証の下に、昭和五九年六月七〇〇万円、同年九月頃一〇〇万円の合計八〇〇万円を貸渡した。

原告は、昭和六〇年八月一二日、崔との間で、高橋の承認の下に、崔の高橋に対する右八〇〇万円の借入金債務につき免責的債務引受契約をなし、これにより、崔の高橋に対する右借入金債務は消滅し、原告は、崔に対し、右同額の求償金支払請求権を取得した。

次いで、同年一〇月六日、原告は、崔との間で、崔の平野に対する右八〇〇万円の借入金債務について免責的債務引受契約をなし、これにより、崔の平野に対する右借入金債務は消滅し、原告は、崔に対し、右同額の求償金支払請求権を取得するに至った。

6  仮に、前項の主張が認められないとすれば、原告は、崔に対し、(1)昭和五九年六月三〇〇万円を、(2)同年一二月二〇〇万円を、(3)昭和六〇年二月頃三〇〇万円の合計八〇〇万円を貸渡し、更に、原告は、三協に対し、(4)昭和五九年六月七〇〇万円を、(5)同年九月頃一〇〇万円の合計八〇〇万円を貸渡し、崔は、原告に対し、三協の右借入金債務を連帯保証した。

7  崔は、昭和六一年二月一日、被告に対し、別紙物件目録記載の土地、建物(以下「本件土地、建物」という。)を贈与したとして、本件土地、建物につき、主文掲記の各所有権移転登記をなしたが、同年一一月一〇日、死亡した。

8  被告は、崔の妻と称するものであるが、崔病臥後、崔を強迫し、その意思を無視して、崔の登録印、権利証を持ち出し、主文掲記の各所有権移転登記手続をなしたものであるから、右各登記は、崔の意思に基づかない無効なものである。

また、そうでないとしても、崔と被告との贈与契約は、多額の負債を抱えていた被告に対する強制執行を免れるため、右両名が、通謀してなした虚偽表示であるから、無効である。

9  崔は、本件土地、建物贈与当時、二億円を超える負債を抱えていたが、本件土地、建物以外には、みるべき資産を有していなかったから、崔は、債権者を害することを知りながら、右贈与をしたものというべきであって、右贈与は詐害行為に該当する。

よって、崔の債権者である原告は、主位的には、無効を理由に、本件土地、建物についての主文掲記の各所有権移転登記の抹消登記手続を求め、予備的に、詐害行為を理由に、本件土地、建物についての崔と被告間の贈与契約の取消を求めるとともに、右各登記の抹消登記手続をなすよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  第1項中、三協が、原告から、昭和五七年二月二五日(2)の九〇〇万円、同年六月一七日(3)の一、〇〇〇万円を借受け、右九〇〇万円の借入金債務を崔が連帯保証したことは認めるが、右一、〇〇〇万円の借入金債務を崔が連帯保証したことは不知、その余の事実は否認する。

2  第2項の事実は否認する。

3  第3項の事実は知らない。

4  第4項中(3)の二五〇万円を借受けたことは否認し、各借入金債務につき崔が連帯保証したことは知らないが、その余の事実は認める。

5  第5、6項の事実は否認する。

6  第7項の事実は認める。

7  第8、9項の事実は否認する。

三  抗弁

1  三協は、請求原因第1項の(2)の借入金九〇〇万円については、年三パーセントの利息を付加して、昭和五九年九月二六日までにこれを完済し、(3)の借入金一、〇〇〇万円については、年二・五パーセントの利息を付加して、昭和五八年四月二六日までにこれを完済した。

2  仮に、原告が崔に対し請求原因第3項の如き立替金債権を有するとしても、同項(1)ないし(4)の債務については、立替後一〇年の経過により消滅時効が完成し、右各債務は時効消滅した。

3  三協は、原告に対し、請求原因第4項(1)の借入金一〇〇万円を昭和五八年七月二二日に、同項(2)の借入金三〇万円を同年九月一日に、同項(4)ないし(6)の各借入金を昭和六〇年四月一〇日にいずれも弁済した。

4  被告は、昭和三五年以来崔と内縁関係にあり、昭和四〇年に長女樹香を出産し、昭和四九年に渡米して、同所で生活をしており、昭和六一年二月、崔の要請で帰国したが、崔の営業、借財等については全く知らず、本件土地、建物の贈与が債権者を害することは知らなかった。

四  抗弁に対する認否

1  第1項の事実は否認する。

2  第2項の主張は争う。

3  第3項中昭和五八年七月二二日(1)の貸金一〇〇万円の弁済を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  第4項の事実は否認する。

第三  証拠(省略)

理由

一1  原告が、崔が代表者である三協に対し、請求原因第1項(2)の九〇〇万円及び(3)の一〇〇〇万円を貸渡し、崔が、右(1)の九〇〇万円の借入金債務につき連帯保証したことは当事者間に争いがない。

2  そして、証人増田真由美の証言及び原告本人尋問の結果(第一回、以下同じ)により原本の存在及び成立を認める甲第一号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第一八号証、証人増田真由美の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告が、三協に対し、請求原因第1項(1)のとおり、昭和五六年八月二二日、五〇〇万円を貸渡し、崔が、右五〇〇万円及び右(3)の一、〇〇〇万円の各借入金債務についても連帯保証したことを認めることができる。

3  しかしながら、前掲証人増田の証言並びにこれにより成立を認める乙第六ないし第九号証及び乙第一二ないし第一四号証によれば、右(2)の借入金九〇〇万円については、年三パーセントの利息を付加して、昭和五九年九月二六日までに、右(3)の借入金一、〇〇〇万円については、年二・五パーセントの利息を付加して、昭和五八年四月二六日までに、いずれも主債務者三協により弁済されていることが認められる(右一、〇〇〇万円の借入金債務が弁済ずみであることは、原告本人もその第一回本人尋問に際し自陳するところである。)。

二  次に、前掲証人増田の証言及び原告本人尋問の結果により原本の存在及び成立を認める甲第二号証、原告本人尋問の結果により成立(甲第四二号証については原本の存在も)を認める甲第四一、四二号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、三協に対し、(1)昭和五六年一月一七日八二万二、〇〇〇円、(2)同年三月二六日二〇〇万円、(3)同年四月二三日二三六万円、(4)同年七月一〇日二〇〇万円、(5)同年九月七日二三〇万円、(6)同年一二月九日一〇〇万円の六口合計一、四八万二、〇〇〇円を貸渡し、次いで、昭和五七年二月二五日、三協との間で、右貸入金債務内金一、〇〇〇万円を目的とする準消費貸借契約を締結し、崔が、同契約上の三協の債務を連帯保証したことを認めることができる。

三1  原告本人尋問の結果により成立を認める甲第一九ないし第二六号証、甲第二七ないし第三〇号証の各一、二及び甲第三一号証、前掲証人増田の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、崔の依頼により、同人の内妻で米国に在留していた被告に対する送金をなし、(1)昭和五二年七月六日八四三万六、二五三円、(2)昭和五三年二月九日一〇万二、五三二円、(3)同年三月九日二四万〇、七二六円、(4)同年六月九日四四万九、〇〇九円、(5)昭和五四年一一月一四日三〇万二、一二〇円、(6)同年一二月一九日二九万五、〇六四円、(7)昭和五五年一月一八日二九万五、〇六四円、(8)同年三月二四日二九万三、九九六円、(9)同年五月九日二九万八、一五九円、(10)同年七月一〇日三〇万一、〇五〇円、(11)同年一〇月三一日三〇万九、一五〇円、(12)同年一二月三一日二三万九、〇二九円、(13)同年一二月二一日二三万六、七五〇円の一三回にわたり、送金手数料を含め合計一、一八九万八、九二〇円の立替払をなし、崔に対し、右同額の立替払金債権を有していることを認めることができる。

2  被告は、右(1)ないし(4)の各債務は時効消滅した旨主張するが、被告は、原告の債務者崔のなした贈与契約の受益者にすぎず、右各債務につき消滅時効を援用し得る立場にはないものというべきであるから、被告の右主張は採用しない。

四1  原告が、三協に対し、(1)昭和五八年五月一六日一〇〇万円、(2)同年六月三〇日三〇万円、(3)同年一〇月三日二〇〇万円、(4)同年一一月九日一〇〇万円、(5)昭和五九年二月四日一〇〇万円を貸渡したことは当事者間に争いがない。

2  そして、原告本人尋問の結果により原本の存在及び成立を認める甲第五号証の四、弁論の全趣旨により成立を認める乙第二二号証、前掲証人増田の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、右各貸金のほか、昭和五八年八月一九日にも、三協に対し、二五〇万円を貸渡しており、崔は、右六回にわたる合計七八〇万円の三協の借入金債務につき、原告に対し、連帯保証したことを認めることができる。

3  右借入金債務中(1)の一〇〇万円の債務が昭和五八年七月二二日弁済されたことは当事者間に争いがなく、(2)の三〇万円の債務が昭和五八年九月一日に弁済されたことは、前掲乙第二二号証によりこれを認めることができるが、その余の弁済については、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

五  成立に争いのない甲第四九号証、原告本人尋問の結果により原本の存在及び成立を認める甲第三、四号証、前掲証人増田の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告の知人である高橋及び平野の両名は、原告の紹介で、三協に対し、崔の連帯保証の下に、金員を貸付けていたこと、右両名の貸付金残高は、昭和六〇年八月頃には各八〇〇万円となっていたが、その頃、原告は、崔の強い要求により、右両名の了解の下に、三協及び崔の右両名に対する各八〇〇万円の借入金債務につき、以後、三協及び崔に代わり、原告が責任をもって支払う旨の書面を差入れて、各免責的債務引受契約をなし、これにより、崔に対し、合計一、六〇〇万円の求償金債権を取得するにいたったことを認めることができる。

右認定に反する趣旨の乙第四号証の二、三が存在するが、右各書面は、原告本人尋問の結果に照らし証拠として採用することはできない。

六  従って、原告は、崔に対し、以上一ないし五認定の合計四、九三九万八、九〇二円の債権を有するものと認めることができる。

七  ところで、崔が昭和六一年一一月一〇日死亡したこと、それ以前の同年二月一日贈与を原因として、同年四月一八日、本件土地、建物につき、被告を権利者とする主文掲記の各所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いがない。

原告は、右各登記手続は、被告が崔を強迫してしたもので、崔の意思に基づかないものであるから無効であり、あるいは、崔と被告が通謀してなした通謀虚偽表示であるから無効であると主張するが、このような事実を認めるに足りる証拠はない。

かえって、成立に争いのない乙第一九号証及び乙第二八号証、被告本人尋問の結果(第一回、以下同じ)により成立を認める乙第二〇号証の一、二並びに被告本人尋問の結果によれば、右各登記手続は、崔の承諾の下になされたことが認められるから、原告の右主張は採用できない。

八  前掲甲第四九号証及び乙第二八号証、成立に争いのない甲第三三ないし第三七号証及び甲第三八、三九号証、前掲証人増田の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、崔は、三協(昭和四九年七月一七日設立)の代表者として、興信業等のほか主として金融業を営んでいた者であり、被告は、昭和三五年頃から、崔と内縁関係にあり、昭和四〇年七月一女をもうけたが、同女の教育を目的として、昭和四九年子供と共に渡米し、米国で、崔からの仕送りを受けて生活していた者であること、三協は、昭和五八年末頃には、資金不足により経営不振となり、被告に対する仕送金の額も次第に減少し、昭和五六、七年頃までは、崔も年二、三回は渡米していたが、これもなくなり、仕送も昭和五九年以降打切られていたこと、その上、崔は、喉頭癌に罹患し、入院を要するまでに至ったことから、病気と会社経営の不振を理由に、被告の帰国を要請し、昭和六〇年二月頃、被告は、右要請に応じて帰国したこと、本件土地、建物について主文掲記の所有権移転登記がなされた頃、崔の負債は億単位のものに達しており、その資産としては、東京都立川市曙町一丁目五八番六所在の宅地(七一・四〇平方メートル)と同地上建物(二三・九六平方メートル)はすでに昭和六〇年一二月に他に売却処分されており、本件土地、建物と同様に、昭和六一年二月一日贈与を原因として、同年四月一八日付けで被告に対し所有権移転登記手続がなされた東京都昭島市つつじケ丘二六六番地一所在の公団分譲住宅(七一・六八平方メートル、但し、被担保債権額を七、七一七万四、二九〇円とする抵当権設定登記付き)のほかは、山梨県都留市大野字菅野山所在の原野(五二三平方メートル)と千葉県安房郡丸山町白子字三嶋所在の山林(四六六平方メートル)の二筆のみで、他にめぼしいものはなかったこと、被告は、崔所有の不動産を売却処分してその負債を返済する代わりに、右不動産一切を取得した上で、その負債整理を行いたいとの気持から、本件土地、建物についても被告名義の所有権移転登記をなしたものであることが認められる。

右に認定したところによれば、崔と被告との間の本件土地、建物贈与契約が崔の債権者を害するものであることは明らかであり、また、崔及び被告両名共に、そのことは知悉していたものと認めるべきである。

従って、詐害行為を理由に、本件土地、建物についての贈与契約の取消を求めるとともに、本件土地、建物についての主文掲記の各所有権移転登記の抹消登記手続を求める原告の請求は理由がある。

九  よって、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

(一) 東京都立川市錦町二丁目二七番の一

一 宅地 七八・三八平方メートル

(二) 同市同町二丁目二七番地一

家屋番号 二七番一

一 木造瓦葺平家建店舗兼居宅 一棟

床面積 五三・二六平方メートル

(三) 同市栄町六丁目六番二二

一 宅地 一二六・四七平方メートル

(四) 同市同町六丁目六番地二二

家屋番号 六番二二

一 木造瓦葺平家建居宅 一棟

床面積 三九・六六平方メートル

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